シャトルベクターの開発

 DNA断片を制限酵素によって切ったり, DNAリガーゼを用いてベクターにつないだりする組換え体(recombinant) DNAを作製する遺伝子操作を微小な溶液中(0.1m/程度)で行ったのち,トランスフェクション(transfection)という手法によって大腸菌細胞内に導入する.そののち大腸菌を大量に増殖させてベクターごと挿入されたDNA断片を大量に増やす.パークはSV 40ウイルスDNAのプロモーターを組み込んだプラスミドDNAは哺乳動物細胞内で大量に発現されることを発見した.既述のように(22頁参照),プロモーターというのはある遺伝子のy上流に必ず存在して,その下流にある遺伝子をはたらかせる(発現させる)はたらきを持つ特殊なDNA断片(塩基配列)である.大腸菌のみでなくウイルスからヒトにいたるまで各種生物それぞれに適した特別な塩基配列がみつかっている.プロモーターがなければ遺伝子は発現できず,逆に異なる生物のプロモーターでもy上流に挿入されれば下流の遺伝子は発現してしまう.たとえばSV 40ウイルスDNAのプロモーターは感染するサルのみでなく多くの哺乳動物の細胞内でも大量に発現される.それゆえ,SV 40・DNAのプロモーターを組み込んだプラスミドベクターに挿入されたヒト遺伝子を大腸菌で大量に増やし,それを精製してヒトの細胞に導入すればそこでも増殖し,機能を持つ遺伝子産物を大量に発現できるのである.ちょうどスペースシャトルが宇宙飛行士を運んで宇宙空間と地上を行ったり来たりできるように,大腸菌と哺乳動物細胞の間をヒトの遺伝子を運んで行ったり来たりできるこのベクターはシャトルベクターと呼ばれている.この技術の開発によって遺伝子操作技術が本格的に実用化され全世界に急速に広まっていった.

 

 当初のプラスミドベクター,その後開発されたファージベクターなどは使用には便利であるが,挿入できるDNA断片が2万塩基対程度と上限があり,巨大DNAを扱う場合には挿入DNAをこまぎれにしなくてはならず不便であった.