クローン動物

 1個の卵子と回固の精子の合体による受精卵から発生する生物個体は,体中の細胞核の染色体の中にまったく同一のゲノムDNAを持つ.ヒトの場合は30 億塩基対からなるDNAをゲノムとして体中の細胞核にある染色体に納めてある.クローン動物とはこの膨大な塩基配列がまったく同一な個体のことをさす.一卵性双生児は自然界で発生するまれなクローン個体で,1個の受精卵が発生の途中で偶発的に2個に分かれてしまい,それぞれが独立に生育して生まれたものである.しかし,人為的にクローン動物をつくることは従来とても困難であった.

 

 1970年,イギリスのがードン(J. B. Gurdon)らは両生類のデブリカツメガエルを用いて多数のクローンガエルをつくることに成功した.彼らはオタマジャクシの肺・腎臓・小腸など生殖器以外の器官の細胞から核を取り出し,核を抜き取った未受精卵に注入したところ,核移植された卵はそのまま正常に発生・生育してカエルにまで成長したのである(図4・2).この実験は同時にこれまで漠然と予想されていたにすぎなかった,“体中の細胞核にはまったく同一のゲノムDNAが存在する”という仮説が実証されたことをも意味していた.この技術を応用すればクローンガエルはいくらでも作製できる.クローン動物は遺伝的条件がまったく同一なため,厳密な遺伝学を進展させるための実験動物として最適である.とくに遺伝性要因と環境要因が複雑に絡み合った成人病の研究において遺伝性要因がまったく同一な剣験動物を用いることは環境要因の影響をより正確に分析できるという点において有用である.

 

 哺乳動物では胚操作によってクローン動物をつくる試みがなされてきた.その技術では,まず受精卵が1回だけ分裂(卵割)して2つの細胞に分かれたときに,すかさず卵管から受精卵を採取し,シャーレの培養液中に移す.次にプロナーゼという酵素を用いて外側の透明帯を溶かし,顕微鏡下で毛細ガラス管の中に胚を吸い入れたり,吐き出したりして,割球と呼ばれるそれぞれの細胞を物理的にバラバラに分離する.これら分離した割球を2つの独立した卵子としてシャーレの中の培養液中で培養すると,そのまま独自に発生を続け,正常のものより一回り小さいが機能は正常な胚盤胞にまで成長する.これらを別々の仮親となる雌ウシに移植して,仮親の胎内で生育をさせると正常どおりに出産し,2匹のクローン動物が生まれる.2細胞期以降の胚細胞においてもこの技術の応用が可能であれば仮親の数だけクローン動物が生まれることになる.実際,ウシでは32細胞期まで進んだところでさえ同様の操作が可能であることが示されている.ただし32個の細胞は小さすがで細胞質の量が不足するので,この種の実験ではあらかじめ除核しておいた末受精卵にこれら細胞から取り出した核を別々に導入した.これを16頭のホルシュタイン種の子宮に1個ずつ移植したところ順調に生育して8頭のクローンウシが生まれたのである(1987年).

 

 1997年,英国のロスワン研究所のウイルムット(I. Wilmut)らはカエルの場合と同様な方法でクローンヒツジを誕生させることに成功した.彼らは成長したビッグの乳腺から採取した細胞より細胞核を取り出し,ほかのヒップの未受精卵に移植した.化学的な処理を施して発生を刺激したのち代理母の子宮に移して生育させたところ,もとのヒップとまったくj司じ遺伝子を持った一匹の子ヒツジが誕生した.この成功により,60兆個もある体細胞から最大で60兆匹のクローン家畜を生み出すことが原理的に可能となった.問題なのは同じ手法を用いればクローン人間をつくることも技術的に可能となったことである.ドイツでは多くのヒトがこのニュースを聞いてヒトラーの唱えていた優秀な民族からなる世界観"を連想したという.この技術は放っておくと倫理的・政治的に非常に危険な技術となる可能性かおるため,研究の進んでいる米国や英国ではこの技術をヒトの受精卵に応用することを禁じる法律制定の検討を始めている.