辞書を使うと挫折する

 

 日本人が最も苦労するというのはこの大量の文章をざっと読んで理解することだという。細かく読んで「ザット以下の内容は」という具合に精読するのは得意だが、いわゆる「ななめ読み」ができないというのである。

 

 「だからね、いまのうちからいっぱい本を読みなさい。それも辞書を使ったらダメよ。辞書を使わずに読めてお話のおもしろさにつられてどんどんページをめくれるようなもの。たとえばね……」

 

 と、私にくださっだのが英語版の『星の王子さま』と『アンネの日記』だった。

 

  『星の王子さま』は翻訳版を読んで泣いた。話のあら筋を刧っているので、わからない単語がいっぱいあるにもかかわらず、なんとなく「読めるような気分」にさせられる。

 

  『アンネの口』記』の方は、ストーリーは知っていたが、英語がいまひとつ難しすぎて

全部は読めなかった。しばらくしてからY先生にお会いしたとき、「『アンネの日記』はちょっとむずかしすぎるみたいです」と申し上げたら、

 

  「じゃあ、こっちにしてみたら?」

 

 と、貸してくださったのは確か『トムソーヤの冒険』だったと思う。それが終わると『ハックルベリーフィンの冒険』。その次は『宝島』……。四、五冊目からは丸善でペーパーバックを自分で買ってきて貪るように読み続けていった。『赤毛のアン』シリーズ、『大草原の小さな家』シリーズ、『シャーロックーホームズの冒険』、C.S.ルイスの『ナルニア国物語』全巻。こうして子ども時代に読んだ児童文学を、私は中学、高校の六年間に原書で読み直していったのである。

 

 「英語の本を安く買うなら日本の古本屋に行け、っていう笑い話があるのよ」

 

 Y先生はこんなことも教えてくれた。

 

 「最初の五ページはいっぱい書き込みがあって汚ないけれど、あとはほとんど新品同様だからって言うの。わからない単語は辞書を引くものだ、と教え込まされているから最初は一生懸命調べるでしよ、でもそのうちにイヤになっちゃうの」

 

 このイヤになるという挫折感が一番怖いという。

 

 「イヤにならない程度のものをジャブジャブ読むこと。一ページに三回以上辞書を引かなきやストーリーがわからないものは読んではだめ、そういう本は頭が悪くなる本だって思えばいいのよ。でも、同じ言葉が何回も出てきて、これがわからなかったら話の筋がわからないっていう単語にかぎっでは辞書を引きなさいね。そうして調べた単語はあとあとまで頭に残るから」

 

 これが一見遠まわりのようで一番確かな英語学習法とのことである。このジャブジャブ読みが私にとってどれだけ大切な財産になったかわからない。Y先生の所へ両親といっしょにでかけだのは、英語の勉強方法をアドバイスしてもらうためであった。その日私の話がすんでから大人たちは世間話に花を咲かせ、お茶とお菓子をよばれて帰ったはずだ。別になんということのない平凡な半日であるが、いま思い起こすと、Y先生にこの日お会いしたことは、私のその後の人生展開において大きな意味を持っている。