終わることのない薬剤耐性と新薬とのイタチごっこ

 

 どうやってトリインフルエンザから自衛すればいいのか。最も危険にさらされているのは、感染した生きたトリに直接触れている人たちである。養鶏場のそばにもウイルスの混ざったトリの糞があるかもしれないから、近づかないのが、賢明だろう。東南アジアに観光やビジネス旅行に出かける際に、生きたトリが販売されている市場に接近してはならない。

 トリインフルエンザは調理ずみの卜リ料理から感染することはないから、二ワトリは、加熱したものなら食べても安全である。

 冷凍した卜リ肉や加工済みのトリ肉を購入し、十分に加熱調理してから食べるのがよい。ウイルスは熱に弱いので、加熱すれば確実に死ぬからである。

 また、ゆで卵や目玉焼きなど、加熱調理した卵も安全である。だが、トリインフルエンザが発生しているときには、生卵は危険だから食べないほうが賢明だ。

 運悪く、ドリインフルエンザに感染したらどうするか。次の症状が出るからよく観察すべきである。

 ます、高熱(40°C)、寒気、鼻や喉の粘膜に炎症、ひどい頭痛や筋肉痛に襲われる。だから、肉体的にかな0苦しく、深い消耗感を味わう。それでも、1週間から10日間も頑張れば、ほとんどの人は自然治癒力によって回復する。しかし、うまく回復せす肺炎や気管支炎を起こしたりすれば、生命の危険もある。これまでは、インフルエンザの治療にはアマンタジンやリマンタジンといった安価な抗ウイルス剤が利用されてきた。しかし最近、ウイルスが変異を続け、薬が効かなくなる薬剤耐性(単に耐性ともいう)が発生している。

 そこで注目を浴びてきたのが、タミフル(有効成分、リン酸オセルタミビル、ロシュ社)という、高価だが、効果の高い薬だ。

 しかし、ここにきて大きな落とし穴が見つかった。東大医科学研究所教授の河岡義裕らは、インフルエンザに感染した14歳以下の子ども33人を対象にタミフルを3~5日間投与したところ、9人のウイルスに薬剤耐|生が発生していたことを報告した。

 平均5歳の子どもで耐性が出る割合は、5.5%であるから、今回の27%というのは非常に高い。このままウイルスの耐性化かつづけば、日本発の耐性ウイルスが世界に広かってしまいかねない。

 インフルエンザの表面についているノイラミニダーゼというハサミは、細胞内で増殖したインフルエンザウイルスを粘液細胞から切り離す。こうして自由になったウイルスが感染を広めていく。タミフルはハサミを使わせないようにして、ウイルスの自由を奪い、感染を食い止める。

 だが、これでひるむウイルスではない。インフルエンザウイルスは、遺伝子の塩基配列を少し変える変異で対抗する。

 この変異によって、インフルエンザウイルスはノイラミニダーゼの形を少し変えて、再挑戦の体勢に入る。タミフルはインフルエンザを攻撃するように化学的に合成されているが、この変異によって、いわば敵の姿を見失ってしまうのである。

 さらに恐いことに、変異は、感染能力にかかわるヘマグルチニンではなく、ノイラミニダーゼを指令する遺伝子に起こることから、変異インフルエンザウイルスは毒性を維持したまま、ビトからヒトヘと感染を繰り返す可能性がある。

ここで耐性ウイルスの発生を防ぐ解決策の1つを提案しよう。それは、2種類の抗インフルエンザ剤を用いて耐|生ウイルスが発生しにくい条件を見つけ、それにしたがって処方することだ。

 わが国ではタミフルリレンザ(有効成分、ザナミビル、グラクス・スミスクライン社)の2種類の抗インフルエンザ剤が認可されているから、抗インフルエンザ剤の併用は可能なのだ。

 どちらもノイラミニダーゼを捕えることで薬効を発揮するが、リレンザのほうがタミフルよりも耐性ウイルスを発生しにくい。

 だが、タミフルのシェアは、わが国の市場で9割以上である。これは、夕ミフルは錠剤とシロップであるから、医師が処方しやすいことが主な理由と思われる。

 一方、Uレンザは吸入式である。インフルエンザ患者の多い時期に、医師がいちいち患者に吸入のしかたを説明しなければならないという処方しにくさがシェアの低下を招いたようだ。

 同じ薬を長期間服用することが、耐性を発生させる主な原因であることを考慮すると、タミフルばかりが利用される現状は好ましいものではない。野球でもピッチャーが直球ばかり投げれば打たれやすいが、カーブをうまく混ぜれば、なかなか打たれないのと同じ理屈である。

 医師は、自分の都合を優先させるのではなく、患者の利益を第川こ考え、ウイルス耐性の発生に目を向けるべきである。

 また、製薬会社や公立の研究病院は、2種類の抗インフルエンザ剤を用いて耐性ウイルスが発生しにくい条件を見つけ、その情報を医師に提供すべきである。

では、医療消費者としての私たちにできることは何か。

   インフルエンザの疑いを持って病院を訪れたら、抗ウイルス剤の使用によって耐性が発生すること、どんな状況で耐性が発生しやすいかを患者にわかりやすく説明するように医師に求めるべきである。もちろん医師は、これらのことと、5日間までの服用なら抗インフルエンザ剤は耐性を発生しにくいことを、患者に求められる前に提示しなくてはならない。

 それから、インフルエンザによって学校や仕事を休む場合、ウイルスの排泄は5日と見積もられているので、平熱にもどってから少なくとも2日は通学や出勤を避けるべきである。これが耐|生ウイルスの拡散を抑える方法である。