ファージは皮膚細菌と腸管の細菌に寄生

 メリルが見たところ、グルジア人たちはファージを患部に塗布するか、経口で服用させていたようだった・患部にファージを塗布するのは、皮膚感染症には有効かもしれないし、経口投与は腸内病原体には作用するかもしれない。だが注射しないかぎり、ファージは重い血液感染症には効かないだろう。グルジア人たちの話によれば、ファージを注射し、よい結果を得たそうだが、メリルは疑っていた。メリルが、実際にファージを注射したところ、ファージは細菌感染症の患部に到達する前に、血液循環によってすばやく体からだされてしまったのである。とはいえ、この排出は興味深かった。メリルが実験をおこなったマウスに、以前ファージを注射されていた経験があれば、その理由は明白だったろう。免疫システムが抗体をつくったのである。だがファージはマウスにとってまったく新しい異物のはずだった。ファージと闘う抗体をつくるには、数日から一週間はかかるだろう。だとすれば、なにがファージをすばやく一掃したのだろうか? そして、その力をたくみに逃れる方法はあるのだろうか?

 国立衛生研究所は、帝王切開で生まれ、無菌室で成長した無菌マウスを飼育していた。無菌とは、マウスが抗体をもっていないことを意味する。メリルは、無菌マウスに大腸菌を注射してから、大腸菌ファージを注射し、経過を観察した。驚いたことに、ファージはやはり大腸菌に到達できずにいた。ファージはマウスの内皮系、つまり肝臓と脾臓に罠をかけられていたのである。

 ほかの種類のウイルスは、もちろん、肝臓と脾臓から逃れる術を知っていた。だからこそ、エイズからごくふつうの風邪にいたる種類の疾病が広がる。メリルは、ファージが肝臓と脾臓に無防備でありつづけているのは、哺乳動物の血流がファージにとって新しい領域だからかもしれないと考えた。ファージは土壌中や水中に存在してきた。哺乳動物の場合、ファージは皮膚細菌と腸管の細菌に寄生する。だが腸管内の微生物の場合、厳密にいえば、それは身体のなかにいるとはいえない。腸管に漏れる穴がないかぎり、血流への進入路をもたないからだ。デレルの時代に、東ヨーロッパで局所的に人食いバクテリアに試された短期間をのぞけば、ファージは哺乳動物の循環系に侵入するよう求められたことがなかつた。だからほかのウイルスがしてきたように、隔離させようとする肝臓と脾臓の力に抵抗する方法がわからないのかもしれない。