スクアラミンの注射

 ついにザスロフは、ツノザメのスクアラミンを精製する方法を発見し、そして「材料を胃袋から肝臓に変えた」。というのも、ニュー(ンプシャーのある企業が「週に半ドンもの肝臓を、フェデラルエクスプレスで送ってくれる」ことになったからだ。ザスロフ自身が車を運転し、悪臭をはなつサメの内臓がはいった重い箱を積みおろし場から運び、それを巨大な肉挽き器に放り込んだ。精製過程には、まるで大きな桶のなかでスープを煮込むように、挽いた肝臓をゴミ缶のなかで熱する作業も含まれた。そし
スクアラミンだっぶりの浮きかすをすくい、もう少し(イテクの装置で濾過するのだった。 そのぬるぬるした構製物のなかに、ザスロフは、スクアラミンのほかにも、ステロイドを発見した。どうやら、全部でニ一種類以上のステロイドがあるようだった。それぞれに広域の抗菌作用があるものの、それぞれがツノザメの体内の特殊な細胞を攻撃目標としているようだった。この発見を公表したところ、世界各地から問い合わせが寄せられ、おかけでザスロフの研究自体にも注目が集まるようになった。ザスロフは、いくつかのステロイドには、ツノザメにもヒトにも抗がん作用かおることを発見した。あるステロイドなどは、もっとウイルスをつくれ、というエイズウイルスの指令をリンパ球に実行 させないことさえできたのである。

 この発見で会社を救うことができるはずだ。そう考えたザスロフは、国立衛生研究所のアレルギー感染症研究所の所長アンソニー・フォーシに連絡をいれた。そして、エイズとの闘いに関わっているアメリカ政府の要人にも連絡をいれた。フォーシは、マゲイニン社と官民共同開発契約をむすんだ。そこでザスロフは、エイズに感染したマウスとイヌとサルに、スクアラミンの注射をはしめた。スクアラミンはすばらしい効果をあげた卜ある時点までは。たしかにスクアラミンは試験管内と同様にリンパ球の成長をとめた。だが残念なことに、スクアラミンを注射されたとたんに、どの動物もえさを食べなくなり、体重が減っていったのである。

 数力月にわたって、ザスロフはこのジレンマを克服しようと格闘した。サメの肝臓の激しい悪臭を身体から発散させながら、ひとりで浮きかすを調べては、エイズに感染した実験動物にステロイドを注射する作業に明け暮れた。だが、どんなやり方で試しても、うまくいかなかった。動物のリンパ球が成長をやめると、エイズウイルスの増殖もとまったが、動物はとにかく食べなくなってしまうのである。ワシントンでは、アンソニー・フォーシが希望を捨てた。「飢餓による死を誘発して、患者のエイズ感染を食い止める」などという考えを受けいれるわけにいかなかったのである。

 とうとう、ザスロフも認めざるをえなかった。「そういうことか、わかったよ。だが、すべてが無駄だったわけじゃない。自然がわれわれに与えたのは、食欲抑制剤なのさ」と、ザスロフは意気消沈した同僚に話しかけた。