イェール大学医学部

 一九九三年になると、ザスロフの論文に刺激を受け、数十人もの科学者が「ほかの動物にもペプチドがあるのではないか」とさがしはじめていた。さがせば、どこにでもあった七〇種類もの異なる抗生作用をもつペプチドがあった。昆虫からウシ、コモドオオトカゲまで、どこにでも。おもしろいことに、異なる生物は異なる種類の細胞からペプチドを分泌していた。昆虫の多くは白血球でペプチドをつくっていた。カブトガニでは血小板にあるようだった。カエルでは、ザスロフが発見したように、顆粒腺という神経系にあるようだった。カエルは圧力をくわえられたり、皮膚をひき裂かれたりすると、この腺を空にすることにザスロフは気づいた。レ上フーやボマンが観察したように、ヒトもまたペプチドを体内にもっていた。白血球や腸、そして嚢胞性線維症にかかった乳児は線毛上皮という気道上の細胞に大量にもっていた。もしかすると、ほかの動物のペプチドはアフリカツメガエルよりもっと強力な抗生物質をつくるかもしれない、とザスロフは考えた。投資家をマゲイニン社にあわててもどってこさせるほど強力な抗生物質を。

 ある日ザスロフは、メイン州マウントデザートにある海洋生物研究所の科学者グループに、いつものようにペプチドについての講演をおこなっていた。すると、イェール大学医学部教授のジョンーフォレストが挙手し、「自分はこの十九年間、夏になるとツノザメの研究にとりくんできたが、アフリカツメガエルにペプチドがあるのなら、ツノザメにだってあるにちがいない」と発言した。ザスロフがツメガエルを研究してきたように、フォレストは、長年ツノザメの研究に取り組んでいた。小型で頑丈なこのサメは、研究しやすい大きくて単純な細胞と器官をもっていた。そのうえザスロフがカエルにそうしたように、フォレストがツノザメに手術を施し、患部を縫合し、汚い水のはいったタンクにサメをもどしたところ、サメは感染症を起こさずに回復したのだった。ザスロフは、研究材料としてサメの胃を自宅にもちかえり、ペプチドが発見できるかもしれないと期待した。ところがそのかわりに、ザスロフは抗菌作用よりもっと強い作用をもつ新しい種類のステロイドを発見したのである。生来の免疫システムの要素がまたひとつ見つかったのだ。彼はそれを「スクアラミン」と名づけた。「頼む!・」ザスロフはフォレストに電話をかけた。「例のサメの胃袋をもっと送ってくれ!」