黄色ブドウ球菌やレンサ球菌

 来るべき事態の前触れとして、二〇〇二年春には、A群レンサ球菌のエリスロマイシン耐性がアメリカ国内で前例のない急上昇を見せたと、ピッツバーグの研究者たちは報告した。エリスロマイシンはマクロライド系抗生物質で、ペニシリンを含むβ‐ラクタム薬ではない。それにもかかわらず、この知らせは警報を発していた。A群レンサ球菌に感染した患者の五%からI〇%が、ペニシリンにアレルギーをもっていたため、そのつぎの選択として選ばれるのがマクロライド系抗生物質であったからだ。ピッツバーグ小児病院のジュディス・M・マーティン医師らによって発見された菌株には、エリスロマイシンだけでなくすべてのマクロライド系抗生物質に耐性があり、もっと一般的に用いられているアジスロマイシン(〈ジスロマック〉という商品名で販売されている)にも耐性があった。一九九八年、この研究チームが三年にわたって幼稚園児から八年生までの児童を対象に調査をおこなったところ、エリスロマイシン耐性A群レンサ球菌はアメリカ国内で発見されたが、その平均的な割合は、調査をしたどんなグループでも二上二%たった。当時、ピッツバーグの一五%の子どもののどからレンサ球菌が検出されたが、その菌株はすべてエリスロマイシンに感受性があった。この調査の三年め、調査対象の児童の一八%ののどからレンサ球菌が検出された。衝撃的なことに、その一八%のうち、四八%がエリスロマイシン耐性の菌株たった。耐性はまた、その地域の成人の三八%にも広かっていた。マ上アインは《ニューイングランドージャーナルーオブーメディシン》に掲載された報告書のなかで、こう述べた。これまで長年、欧州の数力国や日本でマクロライド系抗生物質への耐性の割合が急上昇しているという事実を、われわれは無視しようとしてきた。だが、いま病原菌はアメリカにやってきた、と。「わたしたちは、長年、この問題を主張してきました」マーティンは言った。「いま、それが渡米してきたのです。もう『うちは関係ない』とのんびり構えてはいられません。あきらかに、アメリカにあるのですから」

 新たに発見されたマクロライド系抗生物質に耐性のあるA群レンサ球菌は、すぐに遺伝子のトリックを習得し、ペニシリン耐性も身につけるのだろうか? あるいは、このふたつの菌に共通するものはないのだろうか? だれにも確かなことは言えなかった。事態が悪化し、最悪の状態になり、壊死性筋膜炎をひき起こすレンサ球菌がペニシリンにも耐性を獲得したとしても、死者の数は比較的少ないだろうが、その死には激しい苦痛がともなうだろう。黄色ブドウ球菌が、腸球菌からバンコマイシン耐性を獲得するという推測は、もっとおそろしかった。だが臨床の現場にいる医師にとって、ほんとうに警告を発する耐性の上昇はすでに起こっており、それは黄色ブドウ球菌やレンサ球菌やほかのグラム陽性菌とはなんの関係もなかった。