さまざまな脳死判定基準:ハーバード大学脳死基準など

 「脳死」と言っても、それはかならずしも単一の概念を指し示しているわけではありません。さまざまな脳死の「判定基準」を見てみると、同じ「脳死」という言葉で表現しても、それをチェックする方法が異なっていることがわかります。逆に言えば、異なった「脳死観」にもとづくさまざまな脳死の「判定基準」が存在しているということになります。くわしい議論は後にすることにして、ここではまず脳死の判定基準としてはどういうものがあるのか、具体的に見てみましょう。

 

 一九六八年にハーバード大学医学部の特別委員会によって報告された基準で、以後の種々の基準のプロトタイプ(原型)となった基準です。脳死の特徴としては、①無反応性昏睡、②無呼吸、③反射消失、④平坦脳波の四項目があげられており、さらにはその状態が永続的であることを確認のため二四時間みなければならないとしています。

アメリカ大統領委員会死の判定基準

 一九八一年に出されたもので、過半数の州で脳死を定めた法律ができてきた段階で、アメリカ全土での今後の議論のガイドラインとして作られた基準です。従来の三徴候死を二分し、①呼吸および循環が不可逆的に停止した場合、②脳幹をふくむ脳全体の全機能が不可逆的に停正した場合の両方を死として定めています。②の判定に当たっては大脳および脳幹機能停止の確認、不可逆性昏睡の原因の確認、適切な期間をおいた停止の不可逆性の確認を条件としてあげています。

イギリスにおける脳死判定基準

 イギリスの脳死判定基準の場合、生命維持機能の根幹にかかかる脳幹機能の停止を重視して脳死を定めていることが特徴であり、同じ脳死といってもアメリカなどとは大きく考え方が異なるところです。また、脳波等の検査を必須としない点では、とかく安全確実主義で念には念を入れてといったわが国での在り方とは明らかに異なった考え方のもとに作られていることもわかります。

 ここでは有名な一九七六年の王立各医学会および同専門部会の合同会議の報告を紹介します。脳死の要件としては、①人工呼吸器が装着された深昏睡患者であり、原因が治療不能な器質的脳損傷にあることが明らかであること、②低体温、薬物中毒、代謝・内分泌障害を除外すること、③脳幹反射(瞳孔対光反射をふくむ)の消失と無呼吸状態の確認、④③の項目の確認の反復、⑤脊髄反射消失は必須ではない、⑥脳波検査、脳血管造影も必須ではないの項目があげられています。さらには一九七九
年の報告では上記要件を満たすことは患者の死を意味する事だと結論付けています。

日本脳波学会脳死判定基準

 わが国ではじめて作られた脳死判定基準で一九七四年に報告されています。大脳および脳幹の不可逆的機能停止をもって脳死と定めたものです。

 対象を脳の急性一次性粗大病変のみにしぼり、具体的には以下の要件をあげています。①深昏睡、②両側瞳孔散大、対光反射および角膜反射の消失、③自発呼吸停止、④急激な血圧低下とそれにひきつづく低血圧、⑤平坦脳波、⑥以上①~⑤の条件がそろった時点より六時間後まで継続的にこれらの条件が満たされていること、⑦脳血管造影、脊髄反射消失は必須ではありません。

厚生省(当時)「脳死に関する研究班」判定基準                        ‐’

 一九八三年に発足した厚生省の「脳死に関する研究班」が、一九八五年一一月に報告した脳死判定基準(いわゆる竹内基準)です。基本的には日本脳波学会の脳死判定基準に準じていますが、もっとも大きく変わっているのは、脳波学会のものが対象を脳の急性一次性の病変であり、さらにその中でも粗大病変のみにしぼっていたのを、一次性、二次性問わずすべての障害を判定の対象にするなど判定対象を大幅に拡大した点です。

 [前提条件と除外症例]①器質的脳障害により深昏睡および無呼吸をきたしている症例であり、原疾患が確実に診断されており、それに対して現在おこないうるすべての適切な治療をもってしても回復の可能性が全くないと判断されるもの、②小児(六歳未満)、急性薬物中毒、低休温、代謝・内分泌障害は除外します。

 [判定基準]①深昏睡、②自発呼吸の消失、③瞳孔固定し瞳孔径は左右とも四ミリ以上、④脳幹反射の消失(対光反射、角膜反射ほか計七項目の反射の消失、⑤上記①~④の項目がすべてそろった場合に脳波が平坦であることを、最低四つの部位で三〇分間記録し、⑥上記①~⑤の条件が満たされた後、六時間経過をみて変化がないことを確認します。さらに二次性脳障害、六歳以上の小児では六時間以上の観察期間をおくこととします。