エリスロマイシン療法:アルファ・アンチトリプシン欠乏症と嚢胞性線維症

 

 肺の構造には動物種による差異はありますが、人種による構造の差はありません。にもかかわらず呼吸器の病気には、日本人にはきわめて稀な病気と、日本人に多くて欧米人にはきわめて少ない病気があります。遺伝という要素もありますが、これは肺が外界に開放した特異な構造をしており、つねに環境の影響を受けていることも一因でしょう。同じ環境の悪いところで生活していれば同じよう一な病気になりやすいと考えられます。環境と遺伝は両輪のごとく寄与する因子となりますから。

 日本人にきわめて稀な呼吸器の病変の代表格は、アルファ・アンチトリプシン欠乏症と嚢胞性線維症です。両方とも難病とされるものですが、幸い日本人にはきわめて頻度が低いことがわかっています。反対に欧米人にはあまりみられず日本人に多い病気の代表格は、び慢性汎細気管支炎という病気です。

 び慢性汎細気管支炎(DPB)は、一九六九年に本間日臣、山中晃先生らによって提唱された新しい病気であることは前にお話しました。この病変は呼吸細気管支を中心としておこりはじめます。いろいろな特徴がありますが、まとめるとつぎのようになります。 第一に、病変が肺の広い範囲にわたっておこるものであること。「び慢性」という名前はこの理由によるものです。

 第二に、閉塞性の換気障害があること。病変の進行とともに呼吸困難がしだいに増強していきます。

 第三に、慢性の気道感染をもつことです。最初の変化は呼吸細気管支の周辺ですが、しだいに病変が太い気管支へひろがっていき、いつも痰の多い感染しやすい状態になります。また呼吸細気管支より先のほうへひろがり、肺炎をおこします。感染をおこす細菌はしだいに抗生物質に耐性となり、やがて緑膿菌と呼ばれるものに置きかわって、どの抗生物質も効かなくなります。

 第四に、慢性副鼻腔炎(慢性蓄膿症)をもつことが多く、また免疫異常が原因と思わせる面があることです。

 厚生省は、早くからこの病気に対する専門的な研究グループを発足させました。この研究グループが一九九五年に改定案として発表した新しい診断の基準は、以下のようなものです。

 ①せき、痰が多く、息切れ、呼吸困難が強い。

 ②肺を聴診すると雑音(ラッセル)が聴かれる。

 ③胸部レントゲン像、CT像で細かな粒状の陰影が散布して見られる。

 ④呼吸機能検査では「閉塞性の換気障害」をしめし、また動脈の酸素分圧が低下している


 ⑤血液の中の寒冷凝集素の値が高値である。

 ⑥慢性副鼻腔炎がある。

 この病気は日本人に特有であるという事情もありましたが、長いあいだ欧米では認知されませんでした。欧米の書物にはじめて記載されたのは一九八三年のことです。

 この病気は中年期以降にみられることが多い病気ですが、若い人もいました。長くまた残酷な経過をとることがつねでした。