医師に連絡

 その後の十日間、イヴァンジェリンは、死線をさまよっだ。病院のベッドに固定され、モルヒネ抗生物質を静脈投与するチューブにつながれ、黒ずんだ手は天井から吊り下げられていたが、それは医師の説明によれば「悪い血」を「よい血」から隔離するためだった。ところが細菌(バクテリア)の毒力があまりにも強く、バンコマイシンを含む数種類の薬の通常量を投与しても、なんの効果も見られなかった。レイ医師が合計三回おこなった壊疽組織の切除も役に立たなかった。彼女を元気づけようと、包帯を取り替える看護師たちは「あなたは運がいい」となぐさめた。「スタムフォード病院でこれに感染したある患者さんは、両手も両脚もなくなって退院していきましたよ」

 十日後、レイ医師は言った。「ヒト食いバクテリアを食い止めたと思われます」

 用心のため、イヴァンジェリンは、その後の十二日間、入院をつづけた。痛みがおさまると、彼女は不安をつのらせて、マクラウドに不満をこぼした。「ここに来たときには、全身の皮膚の二割にやけどを負った消防士の方たちを見ましたけど、もうみなさん退院なさったじやありませんか」

 「あなたの症状はもっと重いですから」と、マクラウドは重々しく答えた。

 「どうして感染したのでしょう」と、彼女は尋ねた。「双子を産んでくたびれきっていたうえに、新居に引越し、免疫力が弱っていたからでしょうか?」マクラウドは頭を横に振って、「その逆です。これは、車のフロントガラスから白亜紀翼竜がはいりこんできたようなものです。どうしてそんなことが あなたに起こったのか、わかるはずもない」と言った。

 そして、マクラウドはつけくわえた。「峠は越えました。あなたは実に幸運たった。医師に連絡するのを朝まで待っていたら、とっくに命を落としていたでしょう。あの晩、病原菌はぐんぐん腕へと上昇し、リンパ系まであとニセンチというところまで来ていました。あなたがこの病院に歩いていらしたとき、ほうっておいたら一時間後に亡くなっていたでしょう。ところが、医師がすぐ処置をはじめ、少なくとも細菌を追い詰めることはできたのです」