バイエル社

 サンデュロフは、FDAにはどんな乎を打つ予定があるのか、なにか方針があるとしても、いっさい触れなかった。そして冬が終わり、春が訪れても、獣医学センターの不可解な沈黙はつづき、とうとう、たがいにそれほど緊密な関係をもたない複数の消費者団体の堪忍袋の緒が切れた。こうした団体の代表者たちは力をあわせ、メリ上フンド州ロックヴィルにあるFDA局長ジェイン・E・ペニーのオフィスで、局長と面会する約束をとりつけた。なぜ、獣医にキノロン系の使用をやめさせないのか、と詰問しようというのだ。モリスは、その場に立ち会った。サンデュロフも、分か悪いことを承知しつつ、その場にいた。「法的には、薬を回収するよう製薬会社に命令できる、明確な耐性の境界線がないのです」残念ながら、ペニー局長には、そうなだめのことばをかけるしかなかった。

 消費者団体連合は動じることなく、二〇〇〇年十月末、もう一度会合の場を設けるよう、ペニーに要求した。キノロン耐性がまだ上昇をつづけていることを報告し、なぜ、なにも手を打だないのか問いただそうというのだ。こんどは、事実と統計で武装してペニーのオフィスに乗り込み、大声をあげ、テーブルを叩こうと、代理人たちは意気盛んだった。だが、前回とはちがい、サンデュロフの手がふるえていないことにモリスは気づいた。活動家たちがにらみつけるなか、サンデュロフは、ふいに、にやりと笑った。サンデュロフは言明した。「本日、FDAは、フルオロキノロン系の家畜への投与を全面的に禁止するよう提案いたします」

 モリスは、あっけにとられ、そして狂喜した。この発言と同時に、オフィス内の雰囲気は敵意から歓喜へと一変した。活動家たちは勝ちどきをあげ、喝采した。おくびょうな獣医学センターの役人、いつも煮え切らない態度をとるサンデュロフ。実際、それは英雄的な決断だった。獣医学センターが、耐性の懸念があるという理由で、薬剤を回収しようとした初めての試みだったのである。現実に、その提案はふたつの薬に適用された。アボットラボラトリーズ社のサラフロキサシン、商品名〈サラフロックス〉と、バイエル社のエンロフロキサシン、商品名〈バイトリル〉に。