ウシから採取した細菌

 数日後、シンシア自身にも症状があらわれた。美容院で、寒気がし、胃にさしこむような痛みを感じた。横になってもいいかしらと頼み、気づいたときには起きあがれなくなっていた。母親と妹が迎えにきて、シンシアを車に乗せ、農場にもどった。二十四時間後には、出血をともなう下痢がはじまり、農場のほかの感染者よりサルモネラ菌による食中毒の症状が進んでいることがわかった。近隣の病院に駆け込み、治療を受けると〈バクトリム〉にアレルギー反応がでたため、合成ペニシリンを投与された。
ところが効果があがらず、こんどはセフアロスポリンが投与された。これもまた、まったく役に立たなかった。のちにCDCの調査官が見たところでは、この時点で厄介な徴候があらわれていたのである。なぜなら、DT104は第三世代のセフアロスポリンに感受性がある、と考えられていたからだ。シンシアは、病院のベッドに横たわり、多剤耐性サルモネラ菌のなかでも毒性の強い新しい菌株がイギリスに出現した、というニュース報道を見ていた。「わたし、例のDT104に感染したんですね?」シッシアは医師に尋ねた。担当医師は、シンシアが感染した菌の培養を、アイオワ州農務省の検査室に依頼しており、その朝、ちょうどその検査結果を受け取ったところだった。医師は、ややひるんだように答えた。「ええ。それが、いまわかったところです」検査結果を見た医師には、シンシアが感染したDT104菌株に有効な薬の種類が、もうわかっていた。フルオロキノロン系である。そこで医師は、オフロキサシンという薬をシンシアに投与したところ、たしかに、この薬は彼女の命を救った。

 九日後、退院したシンシアーホーリーが自宅にもどると、シンディーフリードマンという疫学調査官が農場を訪ね、ウシから採取した細菌を培養した。すると、ヘイヤー・ヒルズ農場の一四七頭のウシのうち、二二頭が感染し、うちコ二頭が死亡していることがわかった。それ以外にも十数頭がDT104に陽性をしめしたが、発症はしていなかった。農場で感染した牛乳を飲んだ家族のほぼ全員が体調を崩していた。だが、牛乳を飲んでいない人間も、わずかではあったがいた。シンシアも、そのなかのひとりだった。「こうした感染者は、感染した家畜に触れただけでDT104に感染した」と、フリードマンは結論をだした。牛乳の摂取と家畜との接触、どちらの感染経路も「動物からヒトヘの伝播があるという決定的な証拠です」と、フリードマンは断言した。