スタンフォード病院

 夫が五時間に及ぶ治療を病院で受けているおいた、イヴァンジェリンは待合室に座っていたが、ひどいインフルエンザのような徴候を感じていた。同時に、あの小さな「紙で切ったような切り傷」の痛みは増すばかりだった。イヴァンジェリンは、自分は痛みに強いと自負していたI双子の出産の痛みに耐えただけでなく、がんから生還していたからだ。でも、これは、痛い。ついに耐え切れず、彼女は急ぎ足で通りがかった医師を呼びとめ、「ちょっと診ていただけませんか」と頼んだ。「こりゃ、蜂窩織炎だ」医師は言った。それは医学用語で、細胞組織に炎症が起こっているという意味だった。「それに、上がってきてるな」

 イヴァンジェリンは痛みに耐えようと決意を固めたが、化膿脛の治療を終えてでてきた夫にむかって、もうあの通勤電車には乗れないと言った。指はおそろしく痛み、妙な色に変わっていた。そこで、彼女はカーサービスを呼んだ。夫自身もとぎれのない痛みに耐えており、運転手つきの車に散財してもかまわなかった。ところが、その不快な日にはまだ不運が待っていた。自宅でふたりを出迎えたベビーシッターは、その日、イヴァンジェリンの義父が心臓発作で亡くなったと知らせたのである。

 その知らせと夫の容態にもかかわらず、なにかがイヴァンジェリンに告げていた。どうしてもスタンフォード病院の緊急救命室に行かなければ。彼女の命を救ったのは、本能たった。夜の十一時に病院に到着すると、やはり鋭い本能をもつ看護師が指を診た。看護師は壊死性筋膜炎を臨床で見たことがなかったが、イヴァンジェリンの指は非常に状態が悪く、そのころには黒く変色していた。看護師は、夜遅い時間ではあったが、病院の感染症部長ギャヴィンーマクラウド医師に電話をかける価値があると判断した。電話で症状を聞いたとたんに、マクラウドは、手を専門とする外科医のチェンーレイ医師に電話をかけた。ふたりは病院に急いだが、すでにイヴァンジェリンの指の黒ずみは、ほかの指にも広かっていた。「耐えがたい痛みなんです」と彼女は訴えた。その晩、ふたりの医師は、最初に壊死組織を切除し、イヴァンジェリンの指に新しい新鮮な組織が生長するよう願った。